宮司の直井です。
東日本大震災の発生から月日が流れましたが、あの日失われた尊い命と、被災されたすべての方々に、改めて深く哀悼の意を表します。犠牲となられた方々の御冥福を心よりお祈り申し上げます。
あの未曾有の大津波は、人々の命と暮らしを根こそぎ奪い去りました。史上稀に見る規模であったことは間違いありませんが、実は、私たちの先人たちは「どこまで津波が来るのか」を、目に見える形で現代の私たちに伝えようとしていました。今回は、震災後に行われた非常に興味深い研究をもとに、神社の配置に隠された驚くべきメッセージを読み解いていきたいと思います。
震災が証明した「神社の空間的配置」の謎
震災後、東京工業大学の研究グループ(高田知紀氏ら)によって、宮城県沿岸部の神社の被災状況と祭神の関係について詳細な調査が行われました。その結果、驚くべき事実が浮かび上がったのです。
調査された宮城県沿岸部(岩手県の一部含む)の神社計215カ所のうち、約3分の2にあたる139カ所が津波被害を免れていました。特筆すべきは、その配置です。
- 浸水域の境界線: 多くの神社が、まるで測量したかのように津波が到達した限界点(浸水域の境界)に鎮座していました。
- 高台の選定: 昔の人々は、津波や洪水の被害を受けない安全な海岸段丘や丘陵地などの高台を選んで神社を配置していました。
- 空間の履歴: 神社は1,000年以上の長期的な視点に立ち、過去に発生した貞観地震や慶長地震などの巨大地震・大津波の記憶を、単なる歴史ではなく現在に繋がる「空間の履歴」として留めていたのです。
研究が解き明かした「祭神」による被災状況の差
さらにこの研究で際立ったのが、祀られている「祭神」によって被災状況に極めて大きな差があったという点です。
- スサノオ系神社の驚異的な生存率: ヤマタノオロチ退治で知られる素戔嗚尊(スサノオノミコト)を祀る神社(八坂神社、八雲神社、須賀神社など)は、調査対象となった17カ所のうち16カ所が被害を免れ、その割合は約94.1%に達しました。
- 熊野・八幡系神社の状況: スサノオと縁の深い熊野神社も11カ所中10カ所が被災を免れ、八幡神社も24カ所中18カ所が被害を免れていました。
- 対照的な結果(アマテラス・稲荷系): 一方、太陽の象徴である天照大御神(アマテラスオオミカミ)を祀る神社は18カ所中9カ所(約50%)が被災、穀物の神である稲荷系神社は11カ所中、完全に無事だったのは4カ所(約36%)に留まりました。
なぜこれほどの差が生じたのでしょうか。論文では、神社の祭神の多様性は人々の関心に応じた「差異化」の結果であるという仮説を立てています。 稲荷神社などが、稲作や日常の生活に密着した平時の暮らしのために身近な平地に祀られるのに対し、スサノオは治水(洪水の抑制)や疫病退散という非常時・リスク時の神としての性格を強く持っています。
そのため先人たちは、スサノオを祀る社を、自然災害発生時にも安全な場所や、津波の到達点という境界線のしるしとして厳選して配置したと考えられます。
「ノアの方舟」と「素戔嗚尊」
この事実は、以前このブログでご紹介した「ノアの方舟と祇園祭の奇妙な一致」についての説を、より強固にするものです。 以前の記事で、ノアと素戔嗚尊は、同一の存在(あるいは同じ象徴)なのではないかという仮説を唱えました。
→ https://marugame-kasugajinja.com/category-46/noa717/
- 7月17日の一致: 祇園祭の山鉾巡行が行われる7月17日は、聖書において、ノアの方舟がアララト山に漂着した日とされています。
- 大洪水からの救済: ノアは世界を呑み込んだ大洪水から生命を救い出した存在です。そして、スサノオもまた、荒ぶる水の力を制御し、厄災から民を守る存在として語り継がれています。
もし仮に、ノアとスサノオが同じルーツを持つ「水害からの救済者」であるとするならば、先人たちが津波が止まった地点にスサノオを祀ったことの整合性が取れてしまうのです。「ここから先は、大洪水から命を救った神(ノア=スサノオ)が守る領域である」という、後世への強烈なメッセージだったと考えられないでしょうか。
現代に生きる「しるし」を読み解く
近年の科学的研究によって分かったスサノオの社は津波を免れるという事実は、古代から伝わる宗教的な直感が、実は極めて精緻な災害記録に基づいていたことを証明しました。
神社は単なる祈りの場ではなく、先人が命を懸けて残した防災の最前線でもあります。私たちが守り伝えている祭礼や境内の配置には、現代の科学がようやく追いつき始めた、深い知恵の集積が隠されているのです。
丸亀の春日神社にお参りいただく際にも、ぜひその足元の土地が持つ意味や、神様の名に込められた思いを馳せてみてください。その「しるし」を読み解くことが、未来の命を守ることに繋がっていくはずです。
参考文献
高田知紀・梅津喜美夫・桑子敏雄:東日本大震災の津波被害における神社の祭神とその空間的配置に関する研究,土木学会論文集F6(安全問題),Vol. 68,No. 2,pp. I_167-I_174,2012.