現存天守・丸亀城の歴史と、亀山から双子山へ受け継がれた神社

香川県丸亀市にそびえる丸亀城は、日本に現存するわずか12の木造天守のひとつとして知られています。石垣の高さは日本一を誇り、「石の城」とも呼ばれる名城です。その美しい姿に目を奪われがちですが、実は丸亀城が築かれる以前、この亀山には神社が祀られていました。そして築城に伴いその社は移され、現在は丸亀春日神社の境外末社である双子山神社として祀られています。今回は、丸亀城の歴史と、この知られざる神社の物語をあわせてご紹介します。

丸亀城のはじまり

丸亀城の築城は戦国末期の天正年間。讃岐を治めた生駒親正の支城として、家臣・山田右衛門尉が亀山に砦を築いたのが始まりとされます。その後、慶長2年(1597年)、生駒一正が本格的に石垣を積み、城郭を整備しました。江戸時代に入ると京極高和が城主となり、城下町の形成が進み、丸亀藩の中心として発展していきます。

現在残る三重三階の天守は寛永17年(1640年)の建立。小ぶりながらも均整のとれた姿で、現存12天守の中でも独自の美しさを誇ります。

日本一の高さを誇る石垣

丸亀城といえばやはり石垣。総高60メートル以上にも及び、日本一の高さを誇ります。扇を広げたような曲線を描く「扇の勾配」は、戦国から江戸にかけての石垣技術の粋を示すもの。城下町から見上げれば、石垣の上に小天守がちょこんと立つ独特の景観が広がります。

亀山に祀られていた神社と双子山神社

丸亀城が築かれる以前、亀山には神社が祀られていました。しかし慶長7年(1602)、生駒氏が本格的に丸亀城を築城する際、山の社は遷座されることとなります。

その社こそが、現在の双子山神社(ふたごやまじんじゃ)です。双子山の山頂付近に鎮座し、丸亀春日神社の境外末社とされています。御祭神は大山祇神(おおやまづみのかみ)。山の神・木の神として古くから信仰される神様です。

双子山神社は春日神社から北西へおよそ1kmほどの丘陵に位置しており、今も静かに地域の信仰を守り続けています。つまり丸亀城の築城は、土地の守り神を移して祀ることで、城と地域社会の調和を図った大事業でもあったのです。

丸亀城を歩き、双子山神社を訪ねる

現在の丸亀城は、天守や石垣、城門・櫓の一部が残り、国の史跡に指定されています。春には桜が咲き誇り、多くの観光客でにぎわいます。城下を散策したあとは、ぜひ双子山神社にも足を延ばしてみてください。小さな祠ながら、かつて亀山にあった社の記憶を今に伝え、丸亀の歴史と信仰を結ぶ貴重な存在です。

まとめ

丸亀城は現存12天守のひとつとして名高い名城ですが、その背後には築城以前から続く亀山の信仰がありました。亀山に祀られた神社は築城により双子山へ遷座し、現在は丸亀春日神社の末社・双子山神社として残されています。城の石垣や天守の美しさとあわせて、この「城と社のつながり」に目を向ければ、丸亀城はより豊かな物語をもつ存在として感じられるでしょう。