今上陛下が、かつて瀬戸内海の水運について研究されていたことをご存知でしょうか。2月23日の天長節にあたり、その御研究と水へのまなざしが込められた御製を通して、あらためて「豊けき水の幸」に思いを寄せてみたいと存じます。
天長節とは ― 御誕生日を寿ぐ日
2月23日は、今上天皇陛下のお誕生日にあたる天長節であります。「天長地久」の語に由来し、天地の久しきがごとく御代もまた長くあれとの願いを込めた名称です。明治以降、天皇誕生日は国家の祝日として広く祝われ、現在も国民こぞって奉祝の心を捧げる日となっております。
天皇陛下は、日本国および日本国民統合の象徴としてのお務めを果たされるとともに、学術の分野においても真摯に研鑽を重ねてこられました。
瀬戸内海の水運 ― 卒業論文に見る研究の原点
陛下の水との関わりは、学生時代に遡ります。学習院大学をご卒業の際には、『中世瀬戸内海水運の一考察』(1982年)を執筆されました。
この論文では、兵庫北関(現在の神戸港)に伝わる史料『入船納帳』を用い、十五世紀の瀬戸内海における物資流通の実態を分析されています。どのような船が、どの港から来航し、何を運んでいたのか。具体的な記録を丹念に読み解きながら、当時の海上交通の姿を明らかにされました。
瀬戸内海は古来「海の道」として日本列島を結ぶ重要な交通路でありました。陛下の研究は、その海の道がいかに人々の暮らしと経済を支えていたかを実証的に示すものでした。
テムズ川研究 ― 海外へと広がる水への視点
さらに陛下は、英国留学中(1983〜1985年)、『18世紀におけるテムズ川の水上交通』を研究されました。産業革命期のイギリスにおいて、テムズ川が物流や都市発展に果たした役割を探究されたものです。
この研究は後に『テムズとともに』としてまとめられ、水が都市と文明を支える基盤であることを、歴史的視点から考察されています。
日本の瀬戸内海と英国のテムズ川。時代も場所も異なりますが、「水が社会を形づくる」という共通の視点が、陛下の研究には一貫して見られます。
水へのまなざし ― 御製に込められた思い
その御心は、次の御製にも表れております。
外国の 旅より帰り 日の本の
豊けき水の 幸を思ひぬ
海外をご訪問ののち、日本の水の清らかさと豊かさをあらためて実感された御歌であります。山々に降る雨は川となり、田畑を潤し、やがて海へと注ぎます。その巡りの中で、私たちは命を育み、暮らしを営んできました。
瀬戸内の穏やかな海もまた、その「豊けき水」の一部であります。陛下が水運の歴史を研究された歩みと、この御製は、静かに響き合っているように感じられます。
結びに
天長節にあたり、皇室の弥栄と国の安寧を祈るとともに、私たちが生きるこの国の水の恵みにあらためて感謝したいと思います。瀬戸内海を渡った無数の船と人々の営みに思いを馳せながら、「豊けき水の幸」を次代へと守り伝えていく決意を新たにする一日といたしましょう。