八月は、先の大戦で亡くなられた方々を偲び、今日の平和について改めて心を寄せる月でもあります。今回の月次祭祝詞では、夏草の茂る野辺と、そこに静かに揺れる白百合、遠く消えてゆく花火を葉月の情景として描きながら、英霊への慰霊と平和への祈りを重ねています。
「夏草の年毎に繁りゆく中 人の世は移ろひ変はれども」という一節には、松尾芭蕉の『奥の細道』にある、
「夏草や 兵どもが 夢の跡」
の句を下敷きにしています。かつて人々が命を懸けて戦った場所にも、時が経てば再び夏草が生い茂ります。時代も景色も移ろってゆく一方で、そこで生き、散っていった人々を偲ぶ心まで失ってはならないという思いを込めました。
さらに、「英霊等が散りし跡にも夏草は繁り その命を根として咲きたる平和の花なれば 此の花永久に枯らさじ」と奏上します。今ある平和を当然のものとせず、先人たちの尊い犠牲の上に咲いた一輪の花にたとえ、その花を再び枯らすことなく次の世代へ守り伝えてゆこうという願いです。
結びの「四方の海に波風立ち騒ぐことなく」には、明治天皇の御製、
「四方の海 みな同胞と思ふ世に など波風の立ち騒ぐらむ」
を下敷きにしています。また祝詞全体には、同じく明治天皇の「梓弓八洲のほかも波風の 静かなる世をわが祈るかな」に通じる、我が国のみならず広く世の平安を願う心を重ねました。
人の世がいかに移ろおうとも、亡き人を偲ぶ心と平和を願う心は絶やさない。英霊の御霊が今も「鎮護の御霊」としてこの国の行く末を見守られることを願いながら、私たち自身もまた、受け継いだ平和を次の世代へと手渡してゆく。その決意を葉月の祈りとして大神様の御前に申し上げる祝詞です。